七福神とは

七福神_宝船アイコン七福神めぐり
この記事は約5分で読めます。
かねっち
かねっち

七福神の由来って調べるほどに、信仰の変遷が奥深くて興味深いですね。

七福神とは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神で、七柱は一般的には、恵比寿神、弁財天、大黒天、福禄寿尊、寿老人尊、布袋尊、毘沙門天とされ、それぞれがヒンドゥー教、仏教、道教、神道など様々な背景を持っています。

恵比寿神

「えびす」は、七福神の一員として日本古来の唯一(その他はインドや中国由来)の福で、関西では「えべっさん」の愛称で親しまれています。

古くは漁業の神として、商業の発展に伴って商いの神としても信仰されています。
恵比寿信仰の本拠地である西宮神社は海の守護神であると同時に、重要な交易地に鎮座していたこともあり、次第に商いの神へと変化していきました。

現在では、正月十日の初恵比寿の日に行われる十日戎という祭が有名で、その年の商売繁盛を願う商売人で賑わっています。笹に米俵・小判・鯛・大福帳・打出小槌などをつけた福笹・吉慶・大宝または小宝と呼ばれる縁起物を神棚に飾り、毎年新しいものと取り替えると福が授かるといわれています。

かつては関東でも正月二十日に戎講と称して祭を行う風習がありましたが、十日に祭るのは関西の風習です。

弁財天

七福神の紅一点である弁財天は、インド・ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァーティーがルーツで、河川の神=水の神という性格がありましたが、日本では後に財宝神としての性格が付与されるようになり、漢字表記は本来「弁才天」ですが、「才」が「財」の音に通じることから「弁財天」と表記する場合も多く、弁天(べんてん)とも言われます。

琵琶を弾く妖艷な姿で現される弁財天は、弁才、財をつかさどり、音楽、芸術の上達にも御利益があり、福徳・諸芸能上達の神として広く信仰されています。

男性の弁財天も !?

日本での弁財天信仰は奈良時代には始まり、中世以降、同じく水・五穀豊穣の神様である、宇賀神(出自不明の蛇神)と習合して、頭上に翁面蛇体の宇賀神をいただいた宇賀弁財天が広く信仰されるようになります。水神の使いは蛇とされ、そこから弁財天の縁日が巳の日となっていきました。

江戸時代に入り、七福神を参詣する七福神詣が流行しはじめると、縁日の巳の日に弁財天にお参りし、御札をもらうと財産を得る事が出来ると宣伝されるようになり、蓄財の神として信仰されるようになりました。

大黒天

大黒天は、インド・ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラが由来で、マハーとは「大」もしくは「偉大なる」、カーラとは「時」あるいは「黒」を意味します。

日本にはインドから中国を経由して密教の伝来とともに伝わりましたが、日本においては大黒の「だいこく」が大国に通じることから、古くから神道の神である大国主と混同・習合して、豊穣の神として信仰されました。室町時代には「大国主命(おおくにぬしのみこと)」の民族的信仰と習合されて、微笑の相が加えられ、江戸時代になると現在の米俵に乗り福袋と打出の小槌を持った微笑の長者形で表さるようになりました。

袋を背負っているのは、大国主が日本神話「因幡の白兎」で八十神たちの荷物を入れた袋を持っていたことに由来し、スサノオの計略で焼き殺されそうになった時に鼠が助けたという説話から、鼠が大黒天の使いであるとされています。

各々七福神の一柱ですが、寿老人尊と福禄寿尊が二柱で一組で信仰されるのと同様に、大黒天と恵比神が一組で信仰されることが多いのは、大黒天が五穀豊穣の農業の神である面と、恵比寿神が大漁追福の漁業の神である面に起因していると考えられています。商業においても農産物や水産物は主力であったことから、商売の神としても信仰されるようになりました。

福禄寿尊

福禄寿尊は、道教で強く希求される3種の願い、幸福、封禄(財産のこと)、(健康を伴う)長寿の三徳を具現化したものです。

宋の道士・天南星の化身や、南極星の化身(南極老人)とされ、七福神の寿老人尊と同体、異名の神とされることもあります。福禄人(ふくろくじん)とも言われます。

寿老人尊

寿老人尊は道教の神仙(神)で、中国の伝説上の人物。南極老人星(カノープス)の化身とされています。日本では七福神として知られていますが、福禄寿はこの寿老人と同一神と考えられることもあります。

寿老人尊は、酒を好み頭の長い学芸、智慧、長寿の神とされていて、不死の霊薬を含んでいる瓢箪を運び、長寿と自然との調和のシンボルである牡鹿を従えています。手には、長寿のシンボルである不老長寿の桃を持っています。

布袋尊

布袋尊は、唐末の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したとされる伝説的な仏僧で、大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれます。

日本では、鎌倉時代に禅画の題材として布袋尊が受け入れられました。庶民には福の神の一種として信仰を集め、室町時代後期に成立した七福神に組み入れられるようになりました。

肥満体の布袋尊は広い度量や円満な人格、また富貴繁栄をつかさどるものと考えられ、所持品である袋は「堪忍袋」とも見なされるようになった。

毘沙門天

毘沙門天は、仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神です。また、四天王としてだけでなく、中央アジア、中国など日本以外の広い地域でも、独尊として信仰の対象となっています。

日本では、四天王の一尊としては「多聞天」、独尊としては「毘沙門天」と呼ぶのが通例で、庶民における毘沙門天信仰の発祥は、平安時代に北陸若狭と山陰丹波を京都と結ぶ交通の要衝として古くから市が栄えてきた鞍馬寺で、毘沙門天の本来の神格である財福の神という面が強まり、また9世紀頃からは無病息災の神という一面が加わりました。

毘沙門天は、平安時代後半には甲冑をつけた姿が主流となりますが、この姿は恵比寿神の古い形態でもあり、福の神としての毘沙門天は中世を通じて恵比寿・大黒にならぶ人気を誇るようになり、江戸時代以降は特に勝負事に利益ありとして崇められるようになりました。

七福神めぐり
かねっちをフォローする
スポンサーリンク
散歩しましょ。
タイトルとURLをコピーしました